~心電図から人工ペースメーカーへ~
心臓の電気的活動の解明と制御は、20世紀医学における最も劇的な成功物語の一つです。心臓という生命の中枢で刻まれる電気的なリズムを理解し、それを人工的に制御する技術の開発は、数え切れない人々の命を救い、生活の質を向上させました。
1903年、オランダの生理学者ウィレム・アイントホーフェンが弦線電流計を用いて初めて人間の心電図を記録したとき、医学史は新たな扉を開きました。心臓の電気的活動を波形として可視化することで、不整脈や心筋梗塞などの心疾患を客観的に診断できるようになったのです。アイントホーフェンはこの功績により1924年にノーベル生理学・医学賞を受賞し、現代循環器医学の基礎を築きました。
日本における心電図技術の導入は驚くほど早く、1911年には東京帝国大学医学部に心電図装置が設置されました。内科学教授の青山胤通らが中心となって心電図研究を推進し、日本人特有の心疾患パターンの解明に貢献しました。戦前から戦後にかけて、日本の循環器専門医たちは独自の心電図解析技術を開発し、世界の心電図学の発展に重要な役割を果たしています。
心電図技術の発展と並行して、心臓のリズム異常に対する治療法も進歩しました。1958年、スウェーデンの医師アルネ・ラーソンとエンジニアのルネ・エルムクヴィストが世界初の植込み型ペースメーカーを開発し、重篤な徐脈性不整脈患者の治療に革命をもたらしました。初期のペースメーカーは大型で寿命も短いものでしたが、急速な技術革新により、小型化・長寿命化が進みました。
日本のペースメーカー技術の発展も目覚ましく、1970年代には国産ペースメーカーの開発が本格化します。日本光電工業や福田電子などの企業が、日本人の体格に適した小型で高性能なペースメーカーを開発し、国内外で高い評価を得ました。特に、日本の精密電子技術を活かしたマイクロプロセッサー制御型ペースメーカーは、世界をリードする技術として注目されています。
近年では、心房細動に対するカテーテルアブレーション治療や、重症心不全に対する心臓再同期療法(CRT)など、より高度な電気的治療法が開発されています。これらの治療法は、心臓の電気的活動を精密に制御することで、従来は治療困難とされた心疾患の改善を可能にしています。
植込み型除細動器(ICD)の開発により、突然死の原因となる危険な不整脈を自動的に検出し、電気ショックで正常リズムに復帰させることも可能になりました。この技術は、心臓移植以外に治療選択肢がなかった重症患者に新たな希望をもたらしています。
現在、世界中で年間数十万台のペースメーカーが植込まれ、多くの患者が正常な社会生活を送っています。心臓の電気的リズムを人工的に制御する技術は、医学における電気応用の最も成功した例の一つであり、今後もさらなる進歩が期待されています。AIを活用した次世代ペースメーカーや、生体適合性の向上など、技術革新は続いています。
◆LXMコラム担当
